明るく、楽しい、興味のあること

いつも深刻に思いつめて悩んでいてはならないことを思わされています。
明るく、楽しい、興味のあることに目を向けたいと思います。

私のまわりが、明るくなる、楽しい、と思える存在になりたい。
そんなことを思っています。

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えに勝る神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 新約聖書 ピリピ 4:6

心の中にある、苦しみ、悲しみ、悩み、思い患いのいっさいを、イエスさまに申し上げて全部イエスさまに引き受けていただいて歌いながらやっていこうそんなおもいです。

2012-03-26

イエス・キリストの代価によって

人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための贖いの代価として、自分の命を与えるためであるのと同じです。 新約聖書 マタイ 20:28

主イエス・キリストが多くの人の受けるべき罪の刑罰を代わりに引き受けてくださったことがここにしるされています。

しかし、この恵みは多くの人のためであると同時に、私のためでもあります。

罪を犯すしかない私はイエス・キリストが十字架にかかって死んでくださらなかったならば神の激しい怒りを受けて永遠の苦しみを続けるしかありません。

永遠に呪われた存在としてどんなに苦しい、辛い、苦痛を持って存在し続けなければならないかを思うとき、

このイエス・キリストの贖いの代価の大きさを、重さを感じざるを得ません。

この恵みがどんなに大きなものであるかは、私の考えをはるかに越えていることでしょう。

そして、この恵みが私が破壊してしまった家族(妻、子供たち)、また親族にまでも主の哀れみの故に及びますようにと願っています。

2012-03-25

私は弱い時にこそ強い

イエス・キリストは言われた「私の力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」 新約聖書 2コリント 12:9

私はこのみことばを本当に信じきったならどんな困難の中にあっても大丈夫ではないかと思いました。

主は私が弱い時にこそ神の全能の力を示してくださるとおっしゃるのです。

私はどっと力が抜けてしまいました。
いつのまにか力が入っていました。何と言うことでしょう。
信仰ということで力んでいたのでしょう。

まったく、馬鹿げたことです。
肩に力が入っていました。悔い改めます。

パウロは、「キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」と言いました。

私も、パウロのように私の弱さを誇ってまいりたいと思います。

そして私も言いたいです。

ですから、私は、キリストのために、弱さを、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。 新約聖書 2コリント 12:10

2012-03-24

不敬虔な者を義と認めてくださる方

何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。 新約聖書 ローマ 4:5

なんと有難いみことばでしょう。自分からは正しいことなど何一つ出来ない、ただ悪をなすことしか出来ない者、すなわち不敬虔な者を義、すなわち正しい者として認めてくださるというのです。

そのようなお方を信じるなら罪を認めないと言われるのです。

そんな都合の良いことがあってはならないと誰しも思います。

しかし、父なる神は御自身のひとり子であられる我らの主イエス・キリストを私たちに代わって罪人とし身代わりに十字架に架けて葬り、死に渡されました。

このことによって天地創造の父なる神が、私たちを正しい者としてくださるというのです。

私自身このみことばがなければ、ただ絶望があるだけです。

なぜなら、私は自分からは正しいことなどまったく出来ないただ罪を犯すだけの者であることを知っているからです。

私は,ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。 新約聖書 ローマ 7:24

なんど私は,呻き,叫んだことでしょう。

「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり,そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。 新約聖書 1テモテ 1:15

事実これが私の姿です。

しかし、私は今、ハレルヤ!と叫びます。

主イエス・キリストが私に代わり十字架上で死んでくださり神の刑罰を余さず受けてくださったことにより私の罪は許されました。

さらに、主イエス・キリストは三日後に復活され天に昇り神の右にあって私たちのためにとりなしをしておられます。

そして再び来られます。

この主イエス・キリストを信じるなら神は私たちを義すなわち正しい者と認めてくださるのいうのです。

感謝します。

2014-05-02

年の初めに

キリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。 新約聖書 ローマ 5:2ー5

昨年は、世界中で、また日本で、更に私個人においても激動の年となりました。
日本において最大の出来事は言うまでもなく、東日本の地震と大津波による大災害であり、
それに伴う福島原発の放射能漏れによる私たちの想像をはるかに越える影響が現実のものとなったことです。

それにもかかわらず、一部の方々はこの災害を乗り越えて、力強く立ち上がり歩み出された方々もおられますが、
しかし、まだまだ多くの方々はこれからのことを思って途方に暮れていらっしゃると思います。

この先に希望を見出すことができずに、どうしようと思い悩んでいらっしゃるのではないでしょうか。

また目の前にある一つ一つを具体的にどのようにしていったら良いのかと、迷っておられることでしょう。

さて私ごとですが、2009-08-31に直腸癌が原因の腸閉塞になり那須塩原市にある菅間記念病院に入院し、手術をしてその後順調に回復してまいりました。

それでこのことについては不安がなくなっておりましたが、その後、市の健康診断を受けた結果前立腺の腫瘍マーカーの値が非常に高いことが分かり、精密検査を受けることになり、医師と面談し、触診を受け、MRI,CT,レントゲン検査、更に、組織検査を受けることとなり、その結果をいまは待っている状態です。

とくに組織検査は部分麻酔があまり効かなかったせいで、今までにないほどにつらい検査でした。

更に、悪玉コレステロール値も高く、心電図の検査でも所見が見られるとのことで、これも精密検査をすることをすすめられています。

まさしく一難さって、また一難、更に一難と私にとっても災難が繰り返し押しよせて来るようです。

いったいどうしたら良いのだろうかと思い煩ってしまいます。しかしこんな時こそみことばに従っていきたいものと思います。

いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことについて、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。 新約聖書 1テサロニケ 5:16ー18

2012-01-01

発想の転換

このたびの東北大震災で被災された方々の喪失感、無力感、また絶望感ははかりしれません。

大地震、その後の大津波で親、兄弟、子どもさんを失ったその悲しみ、すべての家屋や、職場、地域すべての機能が失われてしまったこと、更にこれからの生活のことを考えたら、どうしようと本当に途方に暮れてしまいます。

また、現在も余震によって大規模停電が起こり、津波警報も出されたということもあります。

不安と、恐怖からなかなか抜け出せないでおられると思います。

このことは、体験されたご本人にしかわからないことと思います。

もう一つ、福島第一原発の放射能漏れのために直接放射能汚染の危険に晒されておられる、二十キロ、三十キロの範囲、また現実にはその範囲に居られる方でなくとも放射能の危険に晒されておられる方も居られます。

これらの方々が、放射能汚染から守られるようにお願いします。

また、その放射能の汚染の故に、福島県や、茨城、千葉、栃木、群馬の各県の野菜、牛乳、更に海水の放射能汚染によって魚介類、海産物にまで出荷しないように、また摂取しないようにとの要請が出されています。

国民に大きな不安を与えてしまいました。そればかりではなく国際的にも無用の不安をも与えています。

政府も最大限の努力をなされていることと思いますが、速やかな問題解決に更なる奮起をお願いします。

とくに今回このような甚大な被害を受けた要因は、想定を越えた大地震とそれに伴う大津波が重なったことにあったのでしょう。

もうこのような悲惨な経験はしたくないとだれもが思います。

しかし、これからも地震は起こります。またこれ以上の津波も起こることを否定することはできません。

私たちは、想定以上の大地震が起こること、また想定以上の大津波が起こること、そればかりではなく思ってもいないような災禍を受けるかもしれません。

それぞれに、国も、自治体も、企業も、また私たち一人一人も覚悟して生きていかなければならないのではないかと思いめぐらしています。

私は、主イエス・キリストを信じています。

主イエス・キリストのみことばを紹介します。

わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行う人たちがどんな人に似ているか、あなたがたに示しましょう。

その人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、それから家を建てた人に似ています。洪水になり、川の水がその家に押し寄せたときも、しっかり建てられていたから、びくともしませんでした。新約聖書 ルカ 6:47、48

今後の災害復興において、津波のことについて次のことを提案します。

住居は高台に、原発は津波をかぶることを前提に対策をしていただきたいと思います。

2011-04-0

明確な安全基準と周知の徹底

放射能対策に対してようやくと言っていいのか政府も先を見通しての対策を少しずつ打ち出しているようになってきているように思われます。

明確な安全基準も示そうとしているようです。

しかし、今必要なことはそれを周知徹底させること、そして国民が納得して政府の示したことを受け入れる環境を作り上げることではないでしょうか。

どのようにも受け取れる曖昧さを残したものではなく、あれか、これか、はっきりと明確な施策を打ち出していただきたいと思います。

今朝のNHKの番組にゲストとして出演されていた災害安全対策について研究されている女性の方がおっしゃっておられたことがとても印象に残りました。

2011-04-07

はらわたが煮えくり返り怒り心頭

主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。旧約聖書 箴言 1:7

再び福島原発の問題を取り上げて、考えてみたいと思います。

今直接このことに直面しておられ、深刻な影響を受けておられる方々ははらわたが煮えくり返り怒り心頭だと思います。

またこのことを速やかに解決すべく危険をも顧みず働き続けておられる方々に敬意と感謝を捧げます。

もともと放射性物質を核施設から漏洩することなどあってはならないことです。

まずこのことの認識が甘かったとしか言いようがありません。

すべての事が、後手後手になってしまったことの最大の原因はここにあったと指摘したいと思います。

それと木を見て森を見ず、目の前の出来事に動転してしまって大局的な見方が出来なかったことも後手後手になってしまったのではないかと思います。

すなわち、危機感の欠如と同時に冷静に物事を見ることに欠けていたとしか言いようがありません。

使用済の核燃料棒の保管してあったプールの監視を怠ってしまったこともありました。

それと学ぶということにも欠けていました。

建屋が水素爆発を起こした後、再び他の場所で同じように水素爆発が起こることが予見できていたにもかかわらずそのことの対策が取られていなかった事もあげられます。

無策としか言いようもありません。

しかし、今まで起こってしまった事は起こってしまったこととしてこれからは、想定外でしたなどとは決して言って欲しくはありません。

危機感を持って、迅速に、安全を国民に政府は与えて欲しいと思います。

日本テレビで北海道大学の奈良林先生が提案されていた冷却設備などは手軽であって、安価に速やかに効果が上がる方法ではないかと絶賛します。

また新しい街造りのために京都大学の先生が提案されていた、住居を高台にして職場を今までの市街地にするなどの案など、素晴らしい提案がなされて、政府も採用しようとしているようですし、更に政府は国民に、安全、安心、希望を与えてください。

お願いします。

2011-04-06

私の思い煩い

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。新約聖書 ピリピ 4:6、7

私が今一番気になって仕方がない、また腹立たしい事の一つに福島第一原発の放射能の拡散の問題があります。

私自身は栃木県の那須塩原市に住んでいて直接放射能の汚染に危険なほど身を晒してはおりません。

ですから、ある意味では今は生活に重大な支障を受けているわけではありません。

飲み水や、食べることにも事欠いているわけでもありません。

政府や県や市の指導のもとに普通に生活をしています。

それではなぜそんな私が思い煩っているのでしょうか。

それはもともと原発の放射能漏れはあってはならないことだからです。今福島県全体またその原発に隣接しているところは放射能漏れのためにその影響は測りしれません。

とくに海水に高濃度の放射能に汚染された水が垂れ流しの状態になっていて止めることが出来ない状況のままになっています。

それも直ちに止めなくてはならないことは分かっていてもすぐには止められません。

そうゆうわけで思ってしまうのです。なぜもっと根本的な事から解決できないのかと私は気を揉んでしまうのです。

このことに関して、私は専門家でもないし、技術家でもないので私の浅はかな知識や、知恵を持ってして提言など出来るわけはありません。

私はまったくの無力です。

天のお父さま、どうかこの福島第一原発の危機的状態をあなたの全知全能の御名によって速やかに解決してください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

2011-04-04

困難に直面して

神はわれらの避け所、また力。苦しむときそこにある助け。旧約聖書 詩篇 46:1

昨年の暮れから今年にかけていろいろな困難な出来事が日本に降りかかっています。

日本海に位置している地方ではかってないほどの大雪が降り続きましたし。そのために雪降ろしもままならないところも至る所で発生しています。

雪降ろしで亡くなった方が百人にも迫る人数だとの報道もありました。

また雪が降り続いたために大型のトラックが立ち往生をして、後続の車が次々とそれに巻き込まれてしまい、千台もの車が2日間もそこから脱出できないような事態にもなりました。

宮崎県では、昨年の牛の口蹄疫の災害があったばかりなのに、今度は鶏のインフルエンザのためにその被害をまたもや受けています。

更に、新燃岳の噴火が起こりその南東に当たる都城市にまで火山灰が降り注ぎその苦しみははかりがたいものがあります。

火山活動が速やかに収まるようにと祈ります。また日本の今困難に直面しておられる方々のお一人お一人を主が助けてくださいますように。

2010-12-30