大きな獲物

私は、大きな獲物を見つけた者のように、あなたのみことばを喜びます。 旧約聖書 詩篇 119:162

猟をして生活をされている人にとっては、獲物は生活する上で欠くことのできないものです。

また、大きな獲物を捕まえた時の喜びは体験した者でなければ味わうことのできないことであると思います。

大きな獲物を見つけたとき、またそれを捕らえようとする時のわくわく感また実際に捕らえたときの喜びを想像してみましょう。

しかし、神のみことばを見いだした時の喜びはそれ以上の喜びであると言っているのだと思います。

神のみことばに出会う時、それはまさに生ける神との出会いであるからだと思います。

この喜びを体験してみたいと思いませんか。

単なる文字ではない、生きた神からのみことばによって日々の生活をさせていただく喜びの生活を求めていきたいと思います。

**今年の初競りで大間のマグロが非常な高値で取引されたことを聞きました。**

凍り付いています。

主は地に命令を送られる。そのことばはすみやかに走る。
主は羊毛のように雪を降らせ、灰のように霜をまかれる。
主は氷をパンくずのように投げつける。確認のとれていない方々の無事を祈ります。
誰がその寒さに耐ええようか。
主が、みことばを送って、これらを溶かし、ご自分の風を吹かせると、水は流れる。旧約聖書 詩篇 147:15-18

ハレルヤ! 主の御名があがめられますように。
本当に寒いです。なんという寒さでしょう。
地は凍りつき、溜めておいた水は氷ってがちがちになってしまい使いものになりません。
今日は、山陰地方や、北陸地方、北日本の各地に北海道もそうです。風、雪、寒さのため事故や、遭難が相次いでいます。

主よ、皆さんを助けてください。
主が、みことばを送って、これらを溶かし、ご自分の風を吹かせてください。
そしてこれらのものを溶かして水にしてくださりその水を流して、穀物やもろもろの作物を作る大事な水に変えてください。
しかしまだまだこれからも寒い季節が続きますから、年老いた方、弱い方、赤ちゃん、また、すべての年代の方々をふさわしく支え守ってくださいますように。

さて、私は栃木県に移り住んで3月になれば、もう丸5年住むことになります。
栃木県にいながらほとんど黒磯の近郊しか訪ねていませんでしたので栃木県をもっと知ろうと思い昨年の十月に中禅寺湖に紅葉の季節行ってきました。
このときも寒かったですよ。みぞれが降り冷たく天候も日が射すことなく湖面がけぶっておりました。

しかし、紅葉はすばらしかったですよ。

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神さまのなさることは偉大で大いなるかなといろいろな季節に思いをはせております。
この寒い、しばれるこれからの季節、神さまの暖かい愛の御手の中にすっぽりと抱かれて皆様の健康とまた生活の必要のすべてが満たされますようにと祈ります。

主のご加護が皆様の上にありますように。

日本の歩むべき道

わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければだれひとり父のみもとに来ることはありません。 新約聖書 ヨハネ 14:6

総選挙が12月16日(日)行なわれました。政権与党であった民主党は230議席から57議席へと大幅に議席を減らしました。

反対に自民党は118議席から294議席、公明党は21議席から31議席へと合わせて325議席を獲得しました。

その結果、衆議院で可決された法案が参議院で否決されてももう一度衆議院で可決されればその法案は成立します。

決められない政治から決められる政治へと変わりどんどん法案が成立すると思われます。

しかし、目出度し、目出度しと本当になるのでしょうか。

国民は何を望んで投票したのでしょうか。

戦争の出来る国になることでしょうか。

または再び原発事故が起こることを望んででしょうか。

また再び津波の被害に会うことを望んででしょうか。

外国とのいさかいが増し加わることを望んででしょうか。

国内の混乱を望んででしょうか。

そんなことは誰も望んではいないはずです。

日本の国が、技術立国であり続け、また美しい自然が保たれるように、農業、林業、漁業がこれからの世代に受け継がれ、経済的にも余裕のある国家で在り続けるようにとの思いを持って投票されたことと思います。

今回誕生した安倍政権が平和を愛し、再び津波や、原発事故によって悲惨な経験をすることのない、また平和国家を維持し国民が安全に、安心して生活してゆける国家を建設してくださるようにと望みます。

そして一番望むことは、日本の国民すべてが、主イエス・キリストを信じて父なる神にはばかることなくまみえることが出来るようになることです。

今はオリンピック一色

オリンピックの観戦がスポーツの観戦の中でもっとも素晴らしいことと多くの人が思います。
各スポーツの中で一番になる事を競い合う競技の頂点がオリンピックであるとほとんどの人が思うからです。

事実、私もオリンピックの観戦に夢中になる人の一人です。

つい、夢中になって応援をしてしまいます。そしてその期待に沿えない結果になってしまうとがっかりしてしまいます。
そして、裁いたり非難したりしてしまいます。まったくどうしようもないものだと自分を今度は裁いています。

どっちにしてもどうしようもないからイエスさまによりすがるしかない者であることをまた思わされます。

さて、パウロもスポーツに関心がなかったわけではないと思います。

信仰をボクシングに例えて、私は空を打つような拳闘はしないと言っていますし、競技をする者のように栄冠を目指してただひたむきに前のものに向かっていると言っています。

この様に、いろいろな競技の中に私たちの信仰に参考になることがたくさんあることを思っています。

私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったからです。

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一時に励んでいます。すなわち、後ろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです。新約聖書 ピリピ 3:12ー14

鍋掛も桜が満開

ようやく桜が満開になりました。

那須塩原市の黒磯公園の桜も満開となりました。これからの季節は私にとってはうれしい季節です。

農作業も進み、田も耕され、水が張られ、稲の苗が植えられつつあります。
若葉も生き生きと成長して、青々とした色でこの地を満たしつつあります。

新緑の色一色になってすべての植物がまるで、力いっぱいに神を褒め称えているかのようです。
神の業は時にかなって麗しいとほんとうに思います。

毎年この季節になると私には思われるみことばがあります。

あなたは、朝と夕べの起こる所を、高らかに歌うようにされます。

あなたは、地を訪れ、水を注ぎ、これを大いに豊かにされます。
神の川は水で満ちています。

あなたは、こうして地の下ごしらえをし、彼らの穀物を作ってくださいます。

地のあぜみぞを水で満たし、そのうねをならし、
夕立で地を柔らかにし、その生長を祝福されます。

あなたは、その年に、御恵みの冠をかぶらせ、
あなたの通られた跡にはあぶらがしたたっています。

荒野の牧場はしたたり、もろもろの丘も喜びをまとっています。

牧草地は羊の群れを着、もろもろの谷は穀物をおおいとしています。
まことに喜び叫び、歌っています。
 旧約聖書 詩篇 65:8-13

この地に主の祝福と恵みが満ち溢れますように。

那珂川河畔公園から那須連山

京都祇園で起こったこと

本当に衝撃的な事件でした。

大勢の観光客のいるところに車が猛スピードで進入して多くの人たちを死亡させ、重傷を負わせたという事件でした。

はじめは、病気のせいで意識を失っていたためではないかと思われていましたが、それがだんだんと警察の捜査が進むうちにそうではなく、パニック状態での暴走であることが疑われるようになり、殺人の疑いでの捜査が進められているとの報道がありました。

その根底には病気を隠して自動車を運転していたことがあったのではないかと思われる節があります。

確かに、仕事には車の運転が欠かせない時代となっていることを考えると、病気を隠して運転免許を取得しようとする誘惑は大きいと思います。

しかし、事故を起こしてしまったときの結果の重大さは今までにも何度も報道されています。

担当医師の会見では運転してはいけないとはっきりと告げられていたとのことです。

それにもかかわらず運転していてタクシーに追突し事故を起こしてしまったことで、パニックになってしまったことが考えられるということです。

死亡してしまったこの若者に直接聞くことはできなくなってしまいましたが、もうどうなってもかまわないとの思いになってしまったのではないかと推測されます。

本当に、悲しい出来事になってしまいました。

被害にあって亡くなられた方々、また重傷を負われて苦しんでおられる方々また、これらのご家族、かかわりある皆様にお見舞いを申し上げます。

さらに、事故を起こしてしまったこの若者の家族、親族の心痛もまた計り知れないものがあると思います。

病気を隠して運転免許を取得したこと、そして運転してはいけないのに仕事のために運転していたこと、そして事故を起こしたときその場から逃げようとしたこと、これらのことが重なった結果だったのではないでしょうか。

わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれもやみの中にとどまることのないためです。 新約聖書 ヨハネ 12:46

この若者が勇気を持って、光の中に自分の病気を明らかにしていたならと悔やまれてなりません。

 

 

イースターに思われたこと

私にとっても、また主を信じるすべての人々にとっても、主イエス・キリストの復活はどんなことにも代えることのできないすばらし出来事であり、みんなが喜び祝う時を過ごしたことと思います。

その喜びの中にあって、私は主が十字架にかかられる以前の主に従った弟子たち、また主の愛の中にあった女性たちのことを考えています。

弟子たちは何度も主からご自身が十字架につけられて葬られ、蘇られることを主のお話のなかで聞いていました。

しかし、実際に主がユダの裏切りによって捕らえられ、十字架につけられて葬られてしまうと飼い主のいない羊のように、ただおびえているだけの群れとなってしまいました。

いっぽう女性たちは、主の遺体にできるだけのことをしようと、週の初めに主の葬られた墓にいろいろな心配をしながらも出かけていきました。

弟子たちは男性なのにただみんなで閉じこもっているだけの情けない状態になってしまっていたのに、

いっぽう弱いはずの女性たちは心配しながらも主の墓に出かけて行ったことで、心配していたことがすっかり解決されていて主のすばらしい復活の出来事を知ることができました。

この違いは何だったのでしょう。

強いからか、知識があるからか、知恵があるからだろうか。

これらの女性たちはただひたすらに主を慕っていただけではないか。

私はこんなことをこのイースターを通して思っています。

 求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。

だれであれ、求める者は受け、探す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。新約聖書 マタイ 7:7,8

 

台風のような強風

猛烈な風が日本中に吹き荒れました。

新潟市では電柱が何本も横倒しになり根元から折れて倒れていました。

北海道では観光バスが雪の中に横倒しになっていました。

ここ鍋掛の地でも、周りは竹林ですが、竹が風で猛烈にしなっていましたし、

木々が、根元から抜けて倒れて、道を塞いでいました。

それで、のこぎりを持って、木を切って取り除く羽目になってしまいました。

結構汗だくになりました。

亡くなった方も何人かおられ、けが人はかなりの数に上ったと報道されていました。

自然災害が、どんどん大きくなっているような気がします。

心配事が絶えない今日この頃です、

主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を賜るように。旧約聖書 民数記6:26

あらゆる人知を超える神の平安が、あなた方の心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。新約聖書 4:7

春らしくなって

まだこの鍋掛の地は春とは言っても朝方は氷点下でうっすらと水の表面は氷がはっています。

しかし、私のいるところはまわりが農地ですので農作業がもう既に始まっています。

農家の方々は4月から放射能の基準値が引き下げられてその基準をクリアーできるかどうか不安の中に農作業をされているかと思うとその心中が思いやられます。

今や、人の働きが自然を破壊し、疲弊させ、動物、植物、魚、その他諸々の生きるものをいろいろな形で追い詰めて滅ぼしている現実を目の当たりにしています。

私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。 新約聖書 ローマ 8:22

これは、人間の罪の故であることは言うまでもありません。

しかし、神はそんな中にあっても人のために、太陽をのぼらせ、雨を降らせ、食物を与え、花を咲かせ、多くの良きものをもって顧みておられます。

神の忍耐と人に対する哀れみは計り知れないものがあります。

人とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは、 旧約聖書 詩篇 8:4

私たちは天地創造の神ご自身が私たちをどのようにして誕生させてくださったかを知る必要があると思います。

創世記には、神が天地を造りすべてのものを整えられた後、人を誕生させてくださったことが記載されていますが、

神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。 旧約聖書 創世記 1:26、27

このことをしっかりと私は受けとめたいと思います。
そして、神様の恵みの大きさを存在をもって体験したいと思います。

野や、山、川、海、今春の息吹に神に創造された被造物全体が創造主であられる方に、どのように応えていけば良いのでしょうか。

日よ、月よ、主を賛美せよ。輝く星よ、主を賛美せよ。主は命じられ、すべてのものは創造された。詩篇148:3、5
主よ、私たちの神よ、あなたこそ、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。あなたは万物を造られ、御心によって万物は存在し、また創造されたからです。黙示録4:11
(ローズンゲン日々の聖句3/27)

2012-03-27

明るく、楽しい、興味のあること

いつも深刻に思いつめて悩んでいてはならないことを思わされています。
明るく、楽しい、興味のあることに目を向けたいと思います。

私のまわりが、明るくなる、楽しい、と思える存在になりたい。
そんなことを思っています。

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えに勝る神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 新約聖書 ピリピ 4:6

心の中にある、苦しみ、悲しみ、悩み、思い患いのいっさいを、イエスさまに申し上げて全部イエスさまに引き受けていただいて歌いながらやっていこうそんなおもいです。

2012-03-26