春らしくなって

まだこの鍋掛の地は春とは言っても朝方は氷点下でうっすらと水の表面は氷がはっています。

しかし、私のいるところはまわりが農地ですので農作業がもう既に始まっています。

農家の方々は4月から放射能の基準値が引き下げられてその基準をクリアーできるかどうか不安の中に農作業をされているかと思うとその心中が思いやられます。

今や、人の働きが自然を破壊し、疲弊させ、動物、植物、魚、その他諸々の生きるものをいろいろな形で追い詰めて滅ぼしている現実を目の当たりにしています。

私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。 新約聖書 ローマ 8:22

これは、人間の罪の故であることは言うまでもありません。

しかし、神はそんな中にあっても人のために、太陽をのぼらせ、雨を降らせ、食物を与え、花を咲かせ、多くの良きものをもって顧みておられます。

神の忍耐と人に対する哀れみは計り知れないものがあります。

人とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは、 旧約聖書 詩篇 8:4

私たちは天地創造の神ご自身が私たちをどのようにして誕生させてくださったかを知る必要があると思います。

創世記には、神が天地を造りすべてのものを整えられた後、人を誕生させてくださったことが記載されていますが、

神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。 旧約聖書 創世記 1:26、27

このことをしっかりと私は受けとめたいと思います。
そして、神様の恵みの大きさを存在をもって体験したいと思います。

野や、山、川、海、今春の息吹に神に創造された被造物全体が創造主であられる方に、どのように応えていけば良いのでしょうか。

日よ、月よ、主を賛美せよ。輝く星よ、主を賛美せよ。主は命じられ、すべてのものは創造された。詩篇148:3、5
主よ、私たちの神よ、あなたこそ、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。あなたは万物を造られ、御心によって万物は存在し、また創造されたからです。黙示録4:11
(ローズンゲン日々の聖句3/27)

2012-03-27

明るく、楽しい、興味のあること

いつも深刻に思いつめて悩んでいてはならないことを思わされています。
明るく、楽しい、興味のあることに目を向けたいと思います。

私のまわりが、明るくなる、楽しい、と思える存在になりたい。
そんなことを思っています。

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えに勝る神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 新約聖書 ピリピ 4:6

心の中にある、苦しみ、悲しみ、悩み、思い患いのいっさいを、イエスさまに申し上げて全部イエスさまに引き受けていただいて歌いながらやっていこうそんなおもいです。

2012-03-26

イエス・キリストの代価によって

人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための贖いの代価として、自分の命を与えるためであるのと同じです。 新約聖書 マタイ 20:28

主イエス・キリストが多くの人の受けるべき罪の刑罰を代わりに引き受けてくださったことがここにしるされています。

しかし、この恵みは多くの人のためであると同時に、私のためでもあります。

罪を犯すしかない私はイエス・キリストが十字架にかかって死んでくださらなかったならば神の激しい怒りを受けて永遠の苦しみを続けるしかありません。

永遠に呪われた存在としてどんなに苦しい、辛い、苦痛を持って存在し続けなければならないかを思うとき、

このイエス・キリストの贖いの代価の大きさを、重さを感じざるを得ません。

この恵みがどんなに大きなものであるかは、私の考えをはるかに越えていることでしょう。

そして、この恵みが私が破壊してしまった家族(妻、子供たち)、また親族にまでも主の哀れみの故に及びますようにと願っています。

2012-03-25

私は弱い時にこそ強い

イエス・キリストは言われた「私の力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」 新約聖書 2コリント 12:9

私はこのみことばを本当に信じきったならどんな困難の中にあっても大丈夫ではないかと思いました。

主は私が弱い時にこそ神の全能の力を示してくださるとおっしゃるのです。

私はどっと力が抜けてしまいました。
いつのまにか力が入っていました。何と言うことでしょう。
信仰ということで力んでいたのでしょう。

まったく、馬鹿げたことです。
肩に力が入っていました。悔い改めます。

パウロは、「キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」と言いました。

私も、パウロのように私の弱さを誇ってまいりたいと思います。

そして私も言いたいです。

ですから、私は、キリストのために、弱さを、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。 新約聖書 2コリント 12:10

2012-03-24

不敬虔な者を義と認めてくださる方

何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。 新約聖書 ローマ 4:5

なんと有難いみことばでしょう。自分からは正しいことなど何一つ出来ない、ただ悪をなすことしか出来ない者、すなわち不敬虔な者を義、すなわち正しい者として認めてくださるというのです。

そのようなお方を信じるなら罪を認めないと言われるのです。

そんな都合の良いことがあってはならないと誰しも思います。

しかし、父なる神は御自身のひとり子であられる我らの主イエス・キリストを私たちに代わって罪人とし身代わりに十字架に架けて葬り、死に渡されました。

このことによって天地創造の父なる神が、私たちを正しい者としてくださるというのです。

私自身このみことばがなければ、ただ絶望があるだけです。

なぜなら、私は自分からは正しいことなどまったく出来ないただ罪を犯すだけの者であることを知っているからです。

私は,ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。 新約聖書 ローマ 7:24

なんど私は,呻き,叫んだことでしょう。

「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり,そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。 新約聖書 1テモテ 1:15

事実これが私の姿です。

しかし、私は今、ハレルヤ!と叫びます。

主イエス・キリストが私に代わり十字架上で死んでくださり神の刑罰を余さず受けてくださったことにより私の罪は許されました。

さらに、主イエス・キリストは三日後に復活され天に昇り神の右にあって私たちのためにとりなしをしておられます。

そして再び来られます。

この主イエス・キリストを信じるなら神は私たちを義すなわち正しい者と認めてくださるのいうのです。

感謝します。

2014-05-02

神の子どもとなるために

神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。 新約聖書 1テサロニケ 4:3

今の私は、実に人間的に見るならば、まさに惨めな希望のない状態にあるといって過言ではないと思います。

今までにもお話ししたように、直腸癌で手術をし、更に今度は前立腺癌が発覚してそれも骨にまで転移をしていることが骨シンチグラフィによってはっきりとされました。

骨にまでの転移がないようにと願っておりましたが、実に残念なことには骨にまで転移していました。

本当にがっくりしてしまいました。

しかし、ここで私は思いました。

私にはどうにもならないことで悩んでいたことが、二つありました。

その一つはお酒の依存症でした。もう一つはポルノを見ることをどうしても止められなかったことでした。

お酒の依存症では、家庭の破壊を経験しました。そのことによって私は酒を止めることができました。

今、ポルノに関しては前立腺の癌の発症によってホルモン療法を行うことによってその関心を断つことができたと思っています。

このように私は主イエス・キリストを信じたと言っても、このような欲望には打ち負かされてきました。

なんと惨めな人間でしょうか、しかし、今は私の悩みであった、ポルノから開放されたことを感謝しています。

罪から離れることは容易ではないことを私は知っています。

今度のことを代償としたとしても、

情欲から開放されたことのほうが、私にとっては良かったと思えるからです。

『姦淫してはならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫をおかしたのです。
もし、右の目が、あなたをつまずかせるのなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。
もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです。 新約聖書 マタイ 5:27ー30

この主のみことばの重さを今ははっきりと受け止めています。

ハレルヤ!

これからどのように主イエス・キリストが私に関わってくださるのか主に期待してどのようなことになったとしても、主を喜び、主に祈り、主に感謝をささげていきたいと思います。

2012-03-10

私を守られる方

私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。
私の助けは、天地を造られた主から来る。
主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。
見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。

主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。
昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。
主はすべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。
主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。
旧約聖書 詩篇 121:1ー8

今私は、本当に危機的な状態にあります。
前立腺癌であることが、組織検査によってはっきりしましたので、
早速、まずホルモン療法を始めました。
造影剤を使ったCT撮影ではリンパ腺やその他の場所に転移は認められませんが、
しかし、腫瘍マーカーが高いので、
骨髄への転移が疑われるのでその検査を今度は受けることになりました。

骨髄に癌が転移していれば、間違いなく全身に癌が蔓延することは避けられません。
骨髄に転移していなければと思いますが、検査をしその結果を待たなければなりません。
そして、検査の結果によってこれからの治療の方針を決めることになります。

気持ちが萎えてしまいそうです。

しかし、主よ、私を守ってください。
主が、すべてのわざわいから、私を守り、私のいのちを守ってください。

主イエス・キリストの父なる神、全知全能の神が私を守られるとのみことばに信頼してこれからの治療に臨みたいと思います。

2012-01-09

年の初めに

キリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。 新約聖書 ローマ 5:2ー5

昨年は、世界中で、また日本で、更に私個人においても激動の年となりました。
日本において最大の出来事は言うまでもなく、東日本の地震と大津波による大災害であり、
それに伴う福島原発の放射能漏れによる私たちの想像をはるかに越える影響が現実のものとなったことです。

それにもかかわらず、一部の方々はこの災害を乗り越えて、力強く立ち上がり歩み出された方々もおられますが、
しかし、まだまだ多くの方々はこれからのことを思って途方に暮れていらっしゃると思います。

この先に希望を見出すことができずに、どうしようと思い悩んでいらっしゃるのではないでしょうか。

また目の前にある一つ一つを具体的にどのようにしていったら良いのかと、迷っておられることでしょう。

さて私ごとですが、2009-08-31に直腸癌が原因の腸閉塞になり那須塩原市にある菅間記念病院に入院し、手術をしてその後順調に回復してまいりました。

それでこのことについては不安がなくなっておりましたが、その後、市の健康診断を受けた結果前立腺の腫瘍マーカーの値が非常に高いことが分かり、精密検査を受けることになり、医師と面談し、触診を受け、MRI,CT,レントゲン検査、更に、組織検査を受けることとなり、その結果をいまは待っている状態です。

とくに組織検査は部分麻酔があまり効かなかったせいで、今までにないほどにつらい検査でした。

更に、悪玉コレステロール値も高く、心電図の検査でも所見が見られるとのことで、これも精密検査をすることをすすめられています。

まさしく一難さって、また一難、更に一難と私にとっても災難が繰り返し押しよせて来るようです。

いったいどうしたら良いのだろうかと思い煩ってしまいます。しかしこんな時こそみことばに従っていきたいものと思います。

いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことについて、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。 新約聖書 1テサロニケ 5:16ー18

2012-01-01

発想の転換

このたびの東北大震災で被災された方々の喪失感、無力感、また絶望感ははかりしれません。

大地震、その後の大津波で親、兄弟、子どもさんを失ったその悲しみ、すべての家屋や、職場、地域すべての機能が失われてしまったこと、更にこれからの生活のことを考えたら、どうしようと本当に途方に暮れてしまいます。

また、現在も余震によって大規模停電が起こり、津波警報も出されたということもあります。

不安と、恐怖からなかなか抜け出せないでおられると思います。

このことは、体験されたご本人にしかわからないことと思います。

もう一つ、福島第一原発の放射能漏れのために直接放射能汚染の危険に晒されておられる、二十キロ、三十キロの範囲、また現実にはその範囲に居られる方でなくとも放射能の危険に晒されておられる方も居られます。

これらの方々が、放射能汚染から守られるようにお願いします。

また、その放射能の汚染の故に、福島県や、茨城、千葉、栃木、群馬の各県の野菜、牛乳、更に海水の放射能汚染によって魚介類、海産物にまで出荷しないように、また摂取しないようにとの要請が出されています。

国民に大きな不安を与えてしまいました。そればかりではなく国際的にも無用の不安をも与えています。

政府も最大限の努力をなされていることと思いますが、速やかな問題解決に更なる奮起をお願いします。

とくに今回このような甚大な被害を受けた要因は、想定を越えた大地震とそれに伴う大津波が重なったことにあったのでしょう。

もうこのような悲惨な経験はしたくないとだれもが思います。

しかし、これからも地震は起こります。またこれ以上の津波も起こることを否定することはできません。

私たちは、想定以上の大地震が起こること、また想定以上の大津波が起こること、そればかりではなく思ってもいないような災禍を受けるかもしれません。

それぞれに、国も、自治体も、企業も、また私たち一人一人も覚悟して生きていかなければならないのではないかと思いめぐらしています。

私は、主イエス・キリストを信じています。

主イエス・キリストのみことばを紹介します。

わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行う人たちがどんな人に似ているか、あなたがたに示しましょう。

その人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、それから家を建てた人に似ています。洪水になり、川の水がその家に押し寄せたときも、しっかり建てられていたから、びくともしませんでした。新約聖書 ルカ 6:47、48

今後の災害復興において、津波のことについて次のことを提案します。

住居は高台に、原発は津波をかぶることを前提に対策をしていただきたいと思います。

2011-04-0

明確な安全基準と周知の徹底

放射能対策に対してようやくと言っていいのか政府も先を見通しての対策を少しずつ打ち出しているようになってきているように思われます。

明確な安全基準も示そうとしているようです。

しかし、今必要なことはそれを周知徹底させること、そして国民が納得して政府の示したことを受け入れる環境を作り上げることではないでしょうか。

どのようにも受け取れる曖昧さを残したものではなく、あれか、これか、はっきりと明確な施策を打ち出していただきたいと思います。

今朝のNHKの番組にゲストとして出演されていた災害安全対策について研究されている女性の方がおっしゃっておられたことがとても印象に残りました。

2011-04-07