主の愛をいただく者

あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており,いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。 新約聖書 1ペテロ 1:8

主の愛はどのような方々にも等しく与えられるものであると思っています。

しかし、その主の大きな愛をいっぱいに受け止めることのできる人は誰でしょう。

いま私は、弱いながらも、力がなくても、また大きなことができなくても、ただひたすらに主に従って行きたいとの思いが私の心を満たしています。

それは神の子どもとして主に愛されているからでしょうか、または、主の愛に満たされているからでしょうか。

従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、

あなた方を召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。

それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。 新約聖書 1ペテロ 1:14-16

ふさわしくない者を、御自身が聖であられるようにお前も聖なる者になりなさいとおっしゃってくださることをありがたいと思います。

今回、私の身に起こったことを考えております。

最初は、直腸癌から来る腸閉塞で入院をして直腸癌を摘出手術をしました。

その後、経過はよく今に至るまで、順調に回復しております。

しかし、今度は前立腺癌が蔓延していて骨にまで転移していました。

骨に転移をしているので手術はできないとのことで、ホルモン療法と免疫を高める方法で、

今は、経過を見ております。

もちろん、私の罪がこの結果を招いたことですが、その背後には主の聖さにあずからせようとの主の御愛があったと思っています。

私には、ポルノを見たり、読んだりする習慣から抜け出せていない悩みがありましたが、

ホルモン療法をするということで、この習慣から離れることができました。

自分の力で、この罪から離れることができない私を主はあわれんでくださったと今はむしろ感謝しています

何事もなくことが進んでいれば、相変わらずに罪を犯し続けていたでしょう。

見えるところ最悪に思えることの中に、主の御愛が満ちていることを体験させていただきました。

主は、罪から離れることのできない私をあわれんでくださってわたしに従いなさいとおっしゃって下さいました。

あらためて、主の歩まれたその御跡に従って歩まされたいと願わされています。

主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。

悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。

主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。

私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道はあなたがたの道と異なるからだ。

────主の御告げ────

天が地よりも高いように。わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、

わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。 旧約聖書 イザヤ 55:6-9

ハレルヤ! 再度の検査で骨には転移がないことが判明しました。

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