鍋掛祈りの家

自己紹介

私の名は大竹信義と申します。神奈川県の川崎市に1940年9月25日に生まれました。

父は海軍の駆逐艦の機関士として従軍していましたが戦死しました。

終戦近くなって爆撃が激しくなり母の実家である福島県大沼郡新鶴村(今は美里町になっております。)に疎開することになり、そして高校を卒業するまでお世話になりました。

新潟大学工学部に入学しましたが、友人と酒を飲むようになり学業もおろそかになって大学を中退してしまいました。

家出

その後母を一人残して家出をしてしまいました。東京に出て来てサロンやキャバレー、コンパなどで働いていました。

結婚と母との再会

池袋のコンパで、働いていたときに知り合った人と結婚をすることになり、この結婚を機会にまた母と再会することになりました。

そして男と女の二人の子どももでき、仕事も飲食店を自分で経営するようになり順調な生活を送っていると思っておりました。

しかし、そのころアルコール依存症になっており酒を飲むと意識も分からなくなる程の酒乱になっていました。

喧嘩をして唇を切られて何針も縫うような怪我をして妻を心配させたり、何人かの人によってたかって殴られたりもしました。

そんなこともあって妻から離婚を迫られるようになりました。

離婚はしたくなかったので酒を止めようと思いましたが、自分で酒を止めることは出来ませんでした。私は全く絶望でした。

「私は、本当にみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるでしょうか。」 新約聖書 ローマ8:24

そんな時、妻の母から、久遠キリスト教会の夏期聖書集会に誘われ、参加しました。そして教会に通うようになりました。

私が教会に行くようになり、キリストを信じるようになったことで妻はなおいっそう離婚を迫るようになりついに離婚を決意しました。

離婚を通しての体験

男の私が子どもたちと別れなければならないことで悲しくて泣いてばかりいたこと、

母がこのことでイエス様を信じるようになったこと、

子どもたちに家族の崩壊という体験をさせてしまったこと、

罪の実感とその許しの体験

これらのことの中で特に子どもたちのことを思った時、自分の罪が本当に思われ、アバと叫んでいました。

「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。」 新約聖書 ローマ8:15

この時イエス様が私の罪のために十字架にかかって死んでくださったこと、

そしてイエス様を十字架につけたのは実はこの私であったことも御霊が私に教えてくださいました。

しかし同時に神様はすべてのことを用いられるかたであることも知りました。

「神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」 新約聖書 ローマ8:28

神様の憐れみ

私は母に対して大変な親不孝をしましたが、神様はそんな私を憐れんでくださいました。

母が癌に侵され、最後は癌性胸膜炎で亡くなるまでの間母は別の教会に行っていましたが、

そこの兄弟姉妹たちとの交わりとお世話を頂き、私もまた病院の病室で母が最も望んでいること、聖書を母に読んであげることが出来ました。

私自身は、酒を飲まなくなり、たまには別れた妻や、子どもたちと会って一緒に食事をしたりするようになりました。

キリストにある新しい歩み

当教会員の紹介で紙問屋に勤めた後退職し、福音を伝えたいと思って聖書の学びをしています。

別れた妻や、子どもたちがイエス様を信じ、また私の罪のゆえに壊してしまった家庭も回復され、家族がそろって主イエス・キリストの恵みをあかししていけることを願っています。

「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。」 新約聖書 ローマ6:4

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