主を愛する者

あなた方はイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。 新約聖書 ペテロの手紙 第一 1:8

私たちは、私たちを救いあがなってくださった私たちの救い主であられる主イエス・キリストを私たちは、はたして愛しているのだろうかという問いかけをいつもしているのではないでしょうか。

そして、私は主よあなたを愛していますと、どれだけの人が言い切れるでしょうか。

主のほうでは、

わたしの目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。 旧約聖書 イザヤ 43:4

とこのようにおっしゃってくださって私たちのために罪の身代わりとなり十字架の死を受け取ってくださいました。

これが主イエス・キリストが私たちにしてくださったことですが、しかし私としては、この計り知れない主の愛に報いることも、主のために何かをしているかと問いかけるとすれば、何もしていないとしか言いようもないというのが実情です。

これで私は主を愛しているのだろうか。

しかし私が何をしていなくても、それでも主は

あなた方はイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。 新約聖書 ペテロの手紙 第一 1:8

と認めておられるのですね。ハレルヤ!

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主の復活

ハレルヤ! 主の復活を喜び祝います。

主が復活されなかったなら、私たちは最もみじめな存在であると使徒パウロが言っています。

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。 新約聖書 Ⅰコリント15:19-20

イエス様御自身もこのように言われています。

イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

彼女(マルタ)はイエスに言った。「はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリスト(救い主)である、と信じております。」 新約聖書 ヨハネ11:25-27

さあ、私たちも使徒パウロや、マルタのように「主よ信じます。」と告白できるでしょうか。

「主よ信じます。信仰のないわたしをお助けください。」と言って心から喜び、お祝いしたいと思います。

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いと高き方の隠れ場に住む者

私は今、いと高き方の隠れ場に住む者の幸いについて思いめぐらせています。

いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。

私は主に申し上げよう。「わが避け所、わがとりで、私の信頼するわが神」と。

主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。

主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。主の真実は、大盾であり、とりでである。

あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。

また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。

千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。

あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。

それは、あなたが私の避け所である主を、いと高き方を、あなたの住まいとしたからである

わざわいは、あなたにふりかからず、えやみも、あなたの天幕に近づかない

まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、あなたを守るようにされる。

彼らは、その手で、あなたを支え、あなたの足が石に打ち当たることのないようにする。

あなたは、獅子とコブラとを踏みつけ、若獅子と蛇とを踏みにじろう。

彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。

彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉を与えよう。

わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。 旧約聖書 詩篇 91:1-16

いと高き方とは天地を創造されたまことの神、唯一の神以外ありません。

そのまことの神の隠れ場に住む者は、全能の神の庇護のもとにあるとここで言われています。

全能の神の庇護の中にある者を自分から逃げ出さない限り一体誰がその者を全能の神から奪うことができるでしょうか。

この詩編の作者は告白しています。主よ、あなたは私の避け所、私のとりで、わたしの信頼する神であると、

ここにいと高き方の隠れ場に住む者の姿があると思います。信頼しきっているのではないでしょうか。

同じように、私たちもこの詩編の作者のようにいと高き方に信頼しきることができるならば、この詩編のみことばが私たちへのみことばとなってくるのではないかと思います。

私たちはローズンゲンの2020年の年の聖句にあるように。

信じます。信仰のないわたしをお助けください。新約聖書 マルコ 9:24

と、信仰さえ主からいただくしかありませんが、ぜひいと高き方に信頼しきることができるように主にすがりたいと思います。

さて今、新型コロナウィルスの感染拡大で私たちにも感染するのではないかと大変危惧されています。

私も重大な関心をもってこの出来事を注視してきました。

どうすべきか、だんだんこの新型コロナウィルスについての対処法の理解が進んできていると思います。

人を介して感染するということ。

ですから基本的には、ステイホームではないかと思います。

 接触感染

 飛沫感染

 エアロゾル感染

これらが目、鼻、口などの粘膜から、また大きく呼吸をして肺までウイルスを吸い込んでしまった場合など、いわゆる三密(むしむし、ぎゅうぎゅう、がやがや) と言われている状態がそろった場合に感染する割合が高くなるなどが言われています。

そのような所は避けるようにも言われています。

高齢者が重症になりやすく、死亡率も高いこと、そして急速に病状が悪化すること、

インフルエンザウィルスと比べて非常に長く生存していること、特にドアノブなどの金属、プラスチックなどつるつるしているものの上の生存が三日間もあるなどが指摘されています。

非常に感染力が強いと思わなければならないと思います。

家族の中に一人でも感染者がいれば、気をつけていても、家族全員が感染してしまうかもしれません。

活動力のある若者は重症化が低いのもこのウィルスにとっては都合が良いのかもしれません。

運んでもらって感染を広げてもらえるからです。

あまりいい表現ではありませんが、たちが悪いウィルスです。

手を洗いましょう。

ドアノブや、トイレ、キッキン、を手のあれない程度の薄めた次亜塩素酸(キッチンハイターなど)で定期的に拭きましょう。子どもさんがいるご家庭では口に入れるおそれのある玩具などもでしょうか。

そのほかも、感染症に詳しい専門のお医者さんのアドバイスに従って日常の生活を不自由な中でも必要なことはしてもよいといわれていますから、また、食事、運動、買い物などには人との間隔にも留意しながら、乗り切っていければ感謝です。

天のお父さま、新型コロナウィルス感染の終息を速やかに成し遂げてください。主イエス・キリストの尊き御名によってお願いします。アーメン

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主を求める年

主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。
悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。
わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。—――主の御告げ―――
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種撒く者には種を与え、食べるものにはパンを与える。
そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送ったことを成功させる。旧約聖書 イザヤ55;6-11

私にとって今年は主を求める年でありたいと切に願ってまいりたいと思います。
具体的には主のみことばである聖書を通読すること、その中で心にとどまるみことばがこの身に成りますようにとイエス様の母マリヤが神のみことばをすっぽりと受けいれたように神様のみことばが実現するようにと祈ることができれば感謝です。
そしてみことばで歩む日々となるように願ってまいりたいと思います。

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2019年を振り返って

まず、5月に新元号令和となり平成から令和の時代となりました。
天皇も新しくなり戦争を知らない新天皇となりましたが、前天皇の意思を受け継いで、おられるとお聞きしております。
これからも日本の国が平和を希求して行く国として存在してゆくことを願っています。
今年日本の国に起こった出来事として台風と同時に強風による被害、また豪雨による被害が各地に起こり、地球温暖化がかってよりもその影響が大きくなっているように思います。
また、韓国との関係が悪化してお互いの行き来が極端に減っていることも大変憂慮されます。
さらに、国際関係も、米国と中国、ロシヤとの軍拡競争、北朝鮮も核、ミサイル問題の解決が危ぶまれてもいます。
その他、米国とイランの関係、シリヤ難民、クリミヤ半島の問題、イエメンの内紛と国家間、民族同士の争い、数え上げたらきりがありません、少数民族のクルド人、ロヒンギャ民族これらの多くの民族がその住むところを追われて安住することもできません。多くの難民が戦火によって発生しています。
これらの争いを人類は解決できずに有史以来続いています。
争いを止め手を結びお互いのことを理解し、尊重しあい平和の内にすべてを解決すれば良いことは皆分かっています。
自分の子どもたちにはそのように教えていると思います。しかし、教えている大人たちはこれが現実です。なんということでしょうか。
私が心にとどめていることの一つがあります。
それは、アフガニスタンで亡くなられた中村医師のことです。アフガニスタンの国土の緑化に尽力されておりましたが、何者かによって襲撃され亡くなられました。
アフガニスタンに、平和が回復し国土も緑化が進み国民が安心して暮らすことのできることを祈ります。
日本の国のこれからの在りようのことも思われます。
日本は、戦争をしない、核兵器廃絶のために日本はもとより、他国の核にも頼らない核兵器全廃をすべての国に求めてゆく国になるべきです。
人間は過ちを犯します。そのためにも核は持たないことが最も大切です。
未来の人類たちのことを考えるべきです。今が良ければよいと考えることなく、地球温暖化に積極的に取り組むべきです。
再生可能エネルギーですべての電力を賄うようにすべきです。
そうでなければ、排出するすべての炭酸ガスを回収する技術を開発してその炭酸ガスを再び植物やその他の有用な物質に造り替えて炭酸ガスを空気の中に放出しないようにすべきです。
これが不可能であれば、やはり、自然エネルギーをすべてのエネルギーとしていくようにしなければなりません。
目指してください。すべての政治家、経営者、技術者、神が与えてくださっているすべての知恵、知識、能力を未来の人類のために。

皆様すべての上に主の祝福と恵みがありますように。

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私たちの救い主

クリスマスのシーズンが終わり、今度は新年を迎える準備と年越しで忙しくなりました。私たちの心も何かと落ち着かない日々を過ごしています。

しかしここで立ち止まって私たちのために誕生してくださった私たちの救い主に目を向けようと思います。

私たちの救い主イエス様が誕生する前からイエス様が誕生することは旧約聖書(イエス様の誕生前の聖書)にはっきりと予言されていました。

それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエル(神ともにおられる)と名づける。旧約聖書 イザヤ7:14

このことは民の祭司長やイスラエルの聖書の専門家である律法学者や聖書に詳しいパリサイ人たちによく知られていました。

しかし、この当時の権力者たちや、祭司長、律法学者,パリサイ人たちにとってはまさしくイエス様が誕生することは目の上のたんこぶのような出来事と受け取られていたのでしょう。

東方から来た博士たちがイエス様の誕生を当時のイスラエルの首都エルサレムに来てイエス様はどこで誕生されるのですかと尋ねた時ヘロデという当時の王やエルサレム中の人も恐れ惑ったと聖書に記されています。

ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの士族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、私のために、イスラエルの支配者になるものが出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。旧約聖書 ミカ5:2

この時の王ヘロデはまさしくライバルの王が誕生するわけですから心穏やかではなかったのでしょう。博士たちにわかったら知らせてほしい私も行って拝むからと言って送り出しました。

しかし、救い主イエス様に会った博士たちはヘロデのところに行ってはならないとみ使いに告げられて別の道を通って帰っていきました。

ヨセフと母マリヤはみ使いによってエジプトに逃れました。しかし、当時ベツレヘムの二歳以下の子どもたちはヘロデによって殺されてしまいました。

すべての人を照らすまことの光が世に来ようとしていた。この方はもとから世におられた、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分の国に来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。新約聖書 ヨハネ1:9-11

救い主イエス様はすべての人を照らすまことの光であって。世界はこの方によって創造されました。そして世(ひとびと)はもともとこの方はこの世界におられたのにそれを知らないでいたし、またこの方を受け入れもしなかったと言われています。

救いに来たのに受け入れないとはまるで火事で家が燃えさかっているのに消火しに来た消防隊を受け入れないようなものではないでしょうか。

同じように私たちは見えているようで実は見えていないことがたくさんあります。

話を戻したいと思います。

実は、イエス様は私たちを罪から救ってくださるために来られた。ということです。

罪とはハマルテヤ(的外れ)ということです。的に当たらない、外れっぱなしということです。天地を創造され、人をその住む環境も整えたうえで誕生させてくださった神様から外れている。神様との関係が断絶している状態を言います。これが罪です。

この罪の状態からの回復のために、すなわち神様との関係を回復するために救い主である主イエス・キリストは誕生してくださいました。

罪の起源

初めに、神が天と地を創造した。旧約聖書 創世記1:1

その後、人間が住む環境を整えられた時、

神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて、彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。 」

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。旧約聖書 創世記1:26-27

神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。旧約聖書 創世記1:31

神は第七日を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。旧約聖書 創世記2:3

安息日(聖なる日)とされました。

神である主は土地のちりで人を形作り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。神である主は東の方エデンに園を設け、そこに主の形作った人を置かれた。神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。旧約聖書 創世記2:7-9

神様は人が何不自由なく暮らせるようにしてくださいました。

神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べて良い。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」旧約聖書 創世記2:15-17

この命令が神様と人との関係をあらわしています。

神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」旧約聖書 創世記2:18

神は人のところにすべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣をつれて来られましたが、ふさわしい助け手はいませんでした。

そこで、神様は人を眠らせ彼のあばら骨の一つからひとりの女に造り上げて人のところに連れて来られた。

人は言った。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。人とその妻は、ふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいと思わなかった。 旧約聖書 創世記2:23-25

こうして男女のカップルが誕生し、人類の歴史が始まりました。

さて、神である主が造られたあらゆる野の獣うちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」

女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。

しかし、園の中央にある木の実について、神は、「あなたがたは、それを食べてはならない、それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ」と仰せになりました。 」 旧約聖書 創世記3:1-3

ここで蛇が言った 「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」 という一言は女に、神に対する疑念を起こさせる巧妙なことばであったということだと思います。なぜなら神は人にそんなことはおっしゃておられませんね。

神が人におっしゃったのは園のどの木からでも自由にとって食べてよいとおっしゃられました。しかしただ一つの戒めである 善悪の知識の木からは取って食べてはならない。 とだけおっしゃられました。そしてそれを食べれば必ず死ぬとおっしゃられたのです。

女の蛇に対する返答もまた違いますね。園にあるどの木からでも自由に食べてよいのですと答えるべきでした。そして 善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。 と言われましたと答えるべきでした。それと余計なことも言っています。食べても触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだと神は仰せになりましたと答えています。

神がおっしゃっておられないことを蛇も女も言っているそして、神のことばをあいまいにし、神が善悪を知る木からとって食べれば必ず死ぬと人におっしゃったおことばを曲げて死ぬといけないからだと神のことばを弱めてしまっています。

ここに神のおことばに対する私たちの大切な態度、姿勢というものがあると思います。

そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。旧約聖書 創世記3:4-7

このようにして人は蛇の誘惑に負けて神様の命令を破り善悪の知識の木から取って食べてしまいました。そしてそれまで裸であることを恥ずかしいと思わなかったのにそれを恥ずかしいと思うようになってしまいました。

罪の結果

続きます。・・・・


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さまよう人々

メリー・クリスマス!と言って多くの人が忘年会や、買い物や、新年の準備にいそしんでいます。しかし、多くの人が喜び家族との楽しいこの時を過ごしている中でもかっての私のように、放縦に身を任せ、目的も、希望もなく、ただ何となく生きている方々がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

日々の生活の中で、また忙しいお仕事の中で、俺は、私は、何のために生きているのか、とわからなくなってしまっている方々、またわかっていても自分でどうしようもない自分を嘆いているのかもしれません。

メリー・クリスマス! ハレルヤ!

そのような人々にこそイエス・キリストは誕生してくださいました。

神様はあなたを招いてくださっています。

讃美歌 239

さまよう人々 、たちかえりて、
あめなる御国の 父を見よや。
罪とがくやめる こころこそは、
父より与うる たまものなれ。

さまよう人々 たちかえりて、
父なるみかみの みまえに行き、
まことの悔いをば 言いあらわせ、
世人は知らねど 知りたまえり。

さまよう人々 たちかえりて
主イエスの御許に とくひれふせ、
わが主は憐れみ み手をのべて、
こぼるる涙を 拭いたまわん。

さまよう人々 たちかえりて、
十字架の上なる イエスをみよや、
血潮の滴る み手をひろげ、
「生命をうけよ」と まねきたもう。

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メリー・クリスマス!

主の降誕を喜び祝い感謝します。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠の命を持つためである。 新約聖書 ヨハネ3:16

主の降誕はイスラエルのためだけでもなく、私たち主を信じている人たちのためだけでもなく、おひとりおひとりすべての人々をめがけての出来事だったと思っています。
ですからクリスマスは、天と地、空気、水、がすべての動物、植物、海に住むすべての生き物に与えられているようにすべて主を信じている人も信じていない人も、善人も悪人もどんな人でも、メリー・クリスマスと言って祝い喜んでよいのだと思います。

そしてできればすべての人がクリスマスが何のために祝われているのかを知ることができたらうれしいと思います。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。 旧約聖書 イザヤ43:4a

私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。
私の助けは、天地を造られた主から来る。
主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。
見よ。イスラエル(あなた)を守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない

主はあなたを守る方。主はあなたの右の手をおおう陰。
昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も月が、あなたを打つことはない。
主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。
主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。 旧約聖書 詩篇 121篇

これらのみことばがおひとりおひとりの上に成りますように祈ります。

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中村医師

中村医師がアフガニスタンで亡くなられたこと誠に残念でなりません。その働きに敬意を表します。また同時に追悼の意を表します。

アフガニスタンのためにその人生をささげられ、その国民のため、国土のために灌漑用水路を引き緑化を成し遂げられつつあった中でのことだったとお聞きしました。まだまだこれからのこともご計画だったと思います。

中村医師の働きがこれからも、ペシャワール会やアフガニスタン国民によって引き継がれるとのお話もお聞きしています。

ソ連軍の侵攻やビンラデンを匿ってアメリカ軍とタリバンとの戦闘に巻き込まれ荒廃してしまっているアフガニスタンの国土が緑化され、食物が豊かに収穫される実り豊かな国土となり争いもない平和な国となることを中村医師も願っていることと思います。

見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。野の獣、ジャッカルや,だちょうも、わたしをあがめる。わたしが荒野に水をわき出させ、荒地に川を流し、わたしの民、わたしが選んだ者に飲ませるからだ。わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。イザヤ 43:19-21

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メリー・クリスマス

メリー・クリスマス!

主イエス・キリストの降誕を喜び、そして父なる神に感謝します。

見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)マタイ 1:22

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